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千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2018/02/20

「自分を大切にすること」を考察

ナマステー♪
千葉市中央区ヨガ教室 ギーターヨーガ主宰 やのちさとです^^

「自分を大切にする」ということ。

究極的には「個人」という視点を、より「全体」に広げていく作業なのかなと思っています。

「私は全体である」という視点をリアルにするためにクリシュナ神の言葉、ヴェーダーンタの学び、更にそこに熟考することは不可欠ですね。

そして、

その学びがリアルになるためには、カルマヨーガ。

行為を宇宙の法則(神さま)への捧げものとし、

還ってくる結果を
宇宙の法則(神さま)からの授かりもの

としての態度を養うこと。

まずその第一歩として「個人(体、感覚器官、心の集合体)」の私をより健全に保つことからはじめることは、より自然で、且つ重要なことだとも思っています。

この肉体は神の宿る場所ではありますが、肉体は動かすために授かっていますね。

運動することを日々行うこと、

体が痛みを伴う時、自分の体を自分で癒す行為を通して、神さまから授かったこの地球で生きるための貴重な道具を大切にすること、

肉体という、より身近な自然を大切にする。

それにより神さま(自然の摂理)をより身近に感じられるのかなと思います。

生活にこれらの行為が根付いてきたら、自然と感覚器官の制御に心が向きはじめますね。

感覚器官(聴く、触れる、見る、味わう、嗅ぐ)
に引っ張られていくのは人の常なのですが、引っ張られながらも「好き・嫌い」の感情がベースではなく、より客観的に

「それを選ぶことが、私の肉体をより健全に、調和に保つために繋がるのか?」

それを選ぶことが、私の心を情緒的に成長させることなのか?」

といつも問いながら、行為を選択することが大切かなと思います。


そして、個人という視点をより全体に広げていくために心の在り方がと~っても重要です。

神さまの創造物のあらゆる面を、神様の側面として見る見方です。

目の前に現れるその人は、神さまの現れなので、その人の振る舞いや言葉全てをあるがままにしておける「心のゆとり」が必要ですね。

心のゆとりは、ヨーガのアーサナや呼吸を通して作っていくことも可能ではありますが、それより何より、神さまを思うことが大切だと私は認識しています。

スワミダヤーナンダジがギーターの詩の解説の中でこんな風に説明して下さいました。


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プラーナーヤーマ、呼吸のコントロールをしている人は、エクササイズをしているのではなく、プラーナをイーシュワラ、つまり、神として、ヤジニャ(祈り)をしているのです。

同じようにヨーガのアーサナは、ヤジニャであると考えられています。
実際、アーサナは、それぞれにデーヴァターを持っています。
インドの音楽も ヤジニャです。
ラーガという決められたメロディ全て、頭や、胴体や足があると考えられています。
あるインドの絵画は、女神の姿で、それぞれのラーガを描いています。
このように、ラーガというメロディでさえも、それぞれ統括している神々があるのです。

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私が日々大切にしていることは、「
宇宙の法則(神さま)を思うこと」です。

アーサナの練習のクラスで、その心を大々的に打ち出すことはしませんが、

私のベースにはいつもその考えがあるので、それはクラスを通して自然と伝わっていると思っています。

思っていることは、言わなくても伝わってしまいます。

なので、よりエクササイズをしたい方は残念ながら私のクラスを選ばないでしょう。

エクササイズをしたいのであれば、もっと素晴らしい先生が他にたくさんいますからね!



はげしく物質主義者だった以前の自分から見ると(笑)

「自分を大切にすること」と

「神さまを思うこと」

これら2つが何の矛盾もなく、同じことと思えるようになるとは自分でもびっくりですね。


でも、そんな風に思えるにまで成長した心を、更に美しく磨き上げたいと思っています。

私が伝えたいことを、いつも感じとり支えて下さる皆様ありがとう!


皆さんがいるので、私がいられます。

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