自己紹介

自分の写真

千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2017/04/09

4/8ギーター勉強会㉚

ナマステー♪
ギーターヨーガ主宰 やのちさとです(^^)
今日は4/8ギーター勉強会で読み進めたところを要約します。

-

さて、現在ギーター第一章1番目の詩の中にいます。
ギーターの1番目の詩は盲目の王ドゥリタラーシュタラの質問からスタートします。



धृतराष्ट्र उवाच।
धर्मक्षेत्रे कुरुक्षेत्रे समवेता युयुत्सवः।
मामकाः पाण्डवाश्चैव किमकुर्वत सञ्जय॥ १-१॥

ドゥリタラーシュタラは言いました。
サンジャヤよ!ダルマの宿る土地、クルクシェットラに、戦う意欲に燃えて集まった者たち、つまり、私の身内たちと、パーンダドゥの息子たちは、いったい何をしたと言うのか?



-

ドゥリタラーシュタラは物語の中で盲目ですが、それ以上に彼の考えは、ダルマとアダルマに盲目でした。

ここで盲目とは、無知であり、ア・ヴィヴェーカ(
識別の欠落)です。ギーターでは2つのア・ヴィヴェーカを扱っています。

1つは「ダルマ」と「アダルマ」に関して。
もう1つは「アートマー(私)」と「アナートマー(私以外)」に関してです。

ゆえにギーターは「ヨーガ・シャーストラ」と「ブランマ・ヴィッデャー」と言われます。

混乱は無知から生まれます。


誰にでも様々な価値は理解されますが、間違った行いがなされるということは、その価値の価値が理解されていないことを意味します。


アダルマに向かう傾向は、ダルマの価値の価値に関する識別の欠落、アヴィヴェーカから生まれるものです。
ドゥリタラーシュタラの「いったい何をしたと言うのか?」という質問は、無知から生まれた価値に関する混乱を映し出しています。


そして、外側に起こるどんな問題も、内側の問題から起こります。

全ての争いは、最初は人の考えの中で戦われて、その混乱が実現されます。
考えの混乱なしに、外側の混乱はないのです。


こんな話の後、馬車のイメージの例えが出てきましたね。
もう一度、ここに載せておきます。

クリシュナ神のような御者としての知性を伴い、わたしという観念は少し後ろにおいて(後部座席に座り)世界に出ていきたいものです!

次回は来週の土曜日4/15(土)11:20~12:50です。

最後までありがとうございました!

0 件のコメント:

コメントを投稿