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千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2017/01/14

1/14ギーター勉強会㉕

ナマステー♡

今日の勉強会もダルマがテーマのお話。

昨日、勉強会の予習で下記の文章を読み、わたくし本気で考えました。皆さまも、プージャスワミジのお話を読んでみて下さい。

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 考える人と、行動をする人の間に不一致が作られることで、遅かれ早かれ自分自身を価値のない人と結論付けます。

 例えば、「明日は朝早く、6時に起きよう、そして30分瞑想をしよう」という簡単な決心をする時に、このプロセスが見られます。1日を瞑想で始めることは良いことで、それこそあなたがしたいことなので、あなたはそれを決断しました。だから、あなたはいつもより30分早く起きて瞑想するでしょう。

 これは誰の決断でしょう?他の誰でもなく、あなたの決断です。あなたは6時に目覚ましをセットし、目覚ましが6時に鳴ります。実際、目覚ましは止まらず、ずっと鳴りつづけます。それからあなたはどうするでしょう?いらだったあなたは、アラームを消してまた眠ってしまうのです。

 なぜこうなるか分かりますか?

 前の晩に朝30分早く起きようと決意した人は、次の日の朝、起きなければならない人だとは考えてはいなかったのです。これはまるで、奥さんに知らせること、相談することもなしに、週末に家族を旅行に連れて行くことを決意した旦那さんのようです。

 旦那さんと奥さんの間では、いくらか協議することができます。しかし、私が30分早く起きようと考えている時、起きる人は考慮に入れられてません。起きる人も私なので、ここに現実の問題があります。この誓いは、とてもシンプルに見える一方で、実際には複雑な問題です。考える人と行いをする人との間にある分裂は、大変に自分に害を与えるものであり、当然のこととして自己非難へと続きます。
 
 もし、たった1度だけのことなら、何かをしなかったことをいつも正当化できます。でも、もし常にそんなことをしていたら、私はどんな自己評価も持てなくなります。そして、自己評価なしに誰も私を助けることはできません。たとえ神でさえ私を励ますことはできません。なぜなら本質的に私が問題を持っているからです。

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私自身、思いつきで行動することが多々あります。

もう少し言い換えると、考えの習性により、考えが自動的になっていることに気づかず行動していることがあります。

もしくは、「行いをする自分」のことを、過大評価していることも多々あります。

肉体であれば、過大評価をすれば怪我をして痛い目に合い、次は気をつけようと思います。

心の傷は痛い目にあっても、肉体のように痛みがリアルではないから、そこまで気にしなかったりします。

でも、心は確実に傷ついています。

多くの人がこんな風にして、心の分裂を見過ごして心の病に侵されたり、自分自身を見下し、価値のない人だと結論付けていくのだと思います。

1つ1つの決断を安易に下さず、注意深く、実際行動する自分自身と相談して決めるようにしたいと思います。

心と言葉と行為をイコールにし、分裂した自分ではなく、「たった一人の自分」でくつろぎたいからです。

移り変わるマインドとのスペースを保ち、スペースの後ろの「わたし」で物事を決断できますように。

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次回は来週、1月21日()開催です。

最後までありがとうございました。


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