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千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2016/10/22

改めてヨーガとは

モークシャ(完全な自己受容)が目的になった時、人はダルマと調和する生き方を追求するようになります。

ダルマと呼ばれる宇宙全体の秩序、「宇宙こそが1つの生きもの=イーシュヴァラ」ということを理解し、その宇宙と調和する考えの成長を求める生き方をヨーガと言います。

生き方がヨーガとなります。

そしてモークシャという自由を探求する生き方は、2つあります。

カルマヨーガとニャーナヨーガです。

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ニャーナヨーガはサンニャーサーとも呼ばれ、社会的な義務や権利から引退して、ヴェーダーンタ(主題はモークシャ)の勉強だけにコミットする生き方です。

カルマヨーガは、家庭や社会での仕事に従事してその役割をこなしながら、ヴェーダーンタを勉強する生き方です。

ある程度、宇宙と自分について、広い視点から深く考えられる考えの準備、考えの成長がどうしても必要です。

イーシュヴァラとコミュニケーションできる、ゆとりのある考えの準備。

頑固な「考えの私」のつまらない理屈を見破り、窮屈さから自由になる準備。

考えを見守ることのできる「スペース」の準備。

その準備のためのライフスタイルがヨーガです。

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カルマヨーガの具体的な実践としては、アダルマな行為を減らす。
すなわち、アヒムサー(傷つけない)という価値観を最も大切にする。

消費者から貢献者になる。

贅沢なものを不可欠なものにしない。

などなど、日々の生活で努力できることを出来る限り選びます。

そして、ダルマな行為を増やすこともできます。

人は自由意志を使い、「祈る」という行為を選ぶことができます。

日々の行いをイーシュヴァラに捧げる

そして、その行いの結果はイーシュヴァラからのプラサーダム(お下がり)と理解する。

もっともっと詳しく書きたいところですが、今回はこんなところで。

こんな風に丁寧に毎日を送ることで、「これがどうしても嫌!」「これがないと、どうしてもダメ!」というラーガ・ドヴェーシャ(好き嫌い)を中和します。

「好き・嫌い」という感覚はなくなったりはしないのですが、マインドを縛るような「好き・嫌い」から自由になれたら準備ができた人になっていくわけです!

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だから別にアーサナ、プラーナーヤーマが必要不可欠ではないです。

もっと言えば、パタンジャリンのアシュタンガヨーガが必要不可欠でもないです。

でもね、いわゆるストレスの解消のため、アーサナの練習でプラーナ(生命エネルギー)の流れが停滞しないようにすることを私自身も求めたように、現代人は求めるんですね。

更に発散させることも、今の日本人には必要なのかも。

だからホットヨガがこんなに流行ってるんだなとも思います。

「ホットヨガはギャグでしかない。」と言う人もいましたが、私の考えでは、ギャグであってもその人が健やかに過ごすのに必要であれば「アリ」でいいと思います。

まあ、必要以上に室内が高温ですから「贅沢なものを不可欠なものにしないように」という観点からは外れてしまいますけど。。。

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今までかなりの時間をいわゆる「ヨーガスートラのヨーガ」「ハタヨーガ」に費やしてきたのですが、そろそろ卒業したいと考えています。

もちろんアーサナの練習は心身ともに健康な状態を保ち、日々を丁寧に過ごすために役立つので、快適な範囲で続けます(^^)

そして、そこに賛同して下さる方にクラスを精一杯やらせて頂くことも、今の私に出来ることかなとも思っています。

本来ヨーガはライフスタイルに取り入れるものではなく、上に記したように考えの成長を求める生き方です。

その正しい理解があれば、近代にアレンジされた様々なスタイルのハタヨーガであろうと、伝統的に引き継がれたスタイルであろうと、オプションなのでどちらでもいいんですよね。

アレンジされた様々なスタイルのハタヨーガがあるのも、必要とする人がいるから生まれるんであって、意味がないことなどないんです。

むしろ、うまれるものには意味しかないんです。

そこに目くじらを立ててる人を見てきたし、私自身も頑固で窮屈な考え方を持ったり、いわゆる指導者向けのトレーニングに必要以上に参加したり、何が本当はいいのだろう??と迷ったり、1つのことを信じ過ぎたりする時間から卒業していきたいなと、そんな風に思っています。

そういう意味での卒業です!

もちろん「ヨーガスートラのヨーガ」を学び、実践している人たちが、そうだと言っているわけではないですよ!

アーサナのクラスに参加するなら、指導して下さる先生のきれいな心にふれるだけで十分かな🎵

会いたい人に会いに行きます。

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最後に。

わたしが、全ての人にあるがままでいられる自由を与えられますように。

そんな祈りをこめて。

ナマステー♡



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