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千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2016/05/15

5/14ギーター勉強会⑮

さて、今回でバガヴァッドギーターの紹介のトピックが終了します。

サンスクリット語のボキャブラリーが増えていく度に、「ついていけないのでは・・・?」と不安に思いがちですよね...。

でも、ノープロブレム!!

何度も言いますが、まずは全体がざっくりと捉えられていればそれでいいのです。

①ヴェーダ・ヴェーダーンタとは?

②ヨーガとは?

③モークシャとは?

これらの話題は自分の考えをスッキリさせるために、1度まとめてみて下さいね。

今日は「前半のヴェーダ」と「ヴェーダーンタ」を違う言葉を使って、プージャスワミジが教えてくれました。(あっ!勉強会の時はプージャスワミジがリンクしていると私は思っております(^^))

「サーッデャヴィシャヤ」と「シッダヴィシャヤ」。

「サーッデャヴィシャヤ」は、まだ成し遂げられていないことで、何かを行うことで成し遂げられること。

前半のヴェーダは法則を教えます。

こんな行いをすると雨が降るよ。

こんな行いをすると天国に行けるよ。

こんな行いをすると子宝に恵まれるよ。etc.

プラマーナ(知る手段)としてシュラッダー(信頼)を持ちますが、前半のヴェーダは証明も否定もできない話題です。そこに疑問と探求というのはありません。

行いとは選択です。

することもできるし、しないことも選べるし、あるいは異なった方法ですることも選べます。これがカルマ・行いです。(कर्म----कर्तुं शक्यम् अकर्तुं शक्यम् अन्यथा वा कर्तुं शक्यम् ।)

一方、「シッダヴィシャヤ」とは成し遂げられた事実で、理解と探求が必要です。

ギーターの主題、ヴェーダーンタとは成し遂げられた事実で「真実の私を知る知識」。

それは理解されるものであって、信じるためのものでないことを強調するために先生と生徒の対話として表現されています。

知識には選択はないのです。

目の前にリンゴがあって、目に欠陥がなく、目の後ろに考えがあり、その考えが働いていて、その後ろに私がいるという条件が整っていれば、目の前のリンゴは自動的に目に映ります。

同様に、知識=真実を知るためには、その知識が定着している必要があります。

妨げている何かを取り除くために、適切な探求が必要となります。

「真実の私を知る知識」を学んだにも関わらず、知識がおこらなければ、間違い、あいまいさ、疑いという何らかの障害があるということです。

先生と生徒の対話によって、その障害は取り除かれます。

次回からギーターデャーナンと呼ばれるギーターを称える9つの詩をチャンティングし、学んでいきましょう!

ナマステー

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