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千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2016/02/29

2/27ギーター勉強会報告⑩

「生まれるとは?」
「死とは?」
「この肉体を離れた後どうなるの?」
「天国のお話」
「ダルマの本当の姿」
「私達人間がより幸せになるための知識」
「この宇宙、世界と上手に関わる為の生活様式や祈りの儀式」

こういった話題をヴェーダの前半部分は教えてくれます。
これは、モークシャのための「間接の知識・パロークシャ」です。

言葉によって得たヴェーダの知識は、五感では証明できない間接の知識なので、ずっと間接の知識・ニッテャパロークシャ」です。

私は、私が存在することは知っています。
ありとあらゆるものが私に明らかです。
「目撃者・サークシー」として、私の考えに起こる認識の全てを見ている者です。
私自身はどのプラマーナに頼ることなく知られています。
「私は存在する・I am」という知識はいつもそれ自身で明らかです。

私は、私が存在することは知っています。
けれども問題は、私が何者であるかを知らないということです。
だから私に必要なプラマーナは「わたしとは何者か」を明らかにするプラマーナです。

実は言葉は「間接の知識」だけでなくて、「直の知識・アパロークシャ」も明らかにします。
ヴェーダは最後の章ヴェーダーンタで「わたしとは何者か」を解き明かします。
「私は日本人」「私は女性」「私は健康な人」etc
これらは全て空間的にも物質的にも限られた私で、そうである限り、根っ子にある結論は「わたしは安全ではない」という事です。

チェータナーナンダ先生に、私は「あなたは安全です」と教えて頂きました。
1つ1つステップを踏んで「だから、あなたは安全です」と論理的にです。
この知識は「直の知識・アパロークシャ」です。

ヴェーダーンタは知識の道具・プラマーナです。
創始者はいないし、信仰の対象とはならないので宗教ではありません。
人の憶測などをベースにしていないので哲学でもありません。
現在の科学では明かせない範囲を扱うプラマーナです。
そして本当に知識の道具なのかどうかを確かめるには、実際に使ってみるだけです。

バガヴァッドギーターは「私とは何か」を明らかにするグランタ(本)です。
ですからプラマーナグランタであると考えられています。

バガヴァッドギーターはシュルティ(神より啓示された聖典)ではありませんが、プラマーナとして扱われるその理由は?

①ヴェーダの編集者であるヴャーサによって現されたもの

②あのクリシュナがイーシュヴァラのアヴァターラとして登場する!

ヴェーダが言うことと矛盾していない。


クリシュナがギーターの中で話している時、それはイーシュヴァラがクリシュナとして現れて話しているのです。

ますます、今後の勉強会が楽しみですね♡
次回は「バガヴァーンの意味」に入っていきましょう。

ナマステー。

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