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千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2016/01/17

1/16 ギーター勉強会報告⑦


「わたし」がいることは、明らかです(स्वतःसिद्ध スヴァタッシッダ)

私が知りたいこと、知る必要があることは「わたし」が何者かということだけです。

知るためには、知識を明かす道具(=プラマーナ)が必要です。

ヴェーダーンタという言葉のプラマーナが「わたし」が何者かを明かします。

条件が整えば、自動的に知識は起こります。

「わたし」が全体です、という知識が自動的に明かされます。

「私はヴェーダーンタをプラマーナにしてずっと勉強してきましたが、未だモークシャではないので今は他のことをしています。」という人がいたとします。

それは「私はずっと目を使ってきましたが、未だ色が見えないので今は鼻を使っています。」と言っているのと同じです。

ヴェーダーンタを学ぶ人には、様々な動機、レベルがありますが、ヴェーダーンタを学ぶ全ての人に共通しているのは「知りたい(Love to know)」ということです。

知りたいという関心があり、プラマーナ(知識の道具)があり、真実があれば知識は必ず起こります。

もし知識が起こらないのであれば、条件が整っていないからです。

知識が起こるための準備が必要になります。

ヴェーダーンタという言葉のプラマーナにシュラッダーを持てるかということは条件が整うための一番大切な要素です。

来週はシュラッダーについてのお話からはじめ、P31 知識の道具としてのヴェーダを読み進めていきます。


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