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千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2015/11/14

11/14ギーター勉強会報告④




モークシャ=完全な自己受容とは「本当の目覚め」です。

例えば、裁判をしている夢を見ているとします。

「あなたは死刑です。」と裁判官に言われます。

夢の中のあなたは「そんな~!」と大声で叫ぶかもしれませんし、裁判の不服申し立てをするかもしれません。

夢の中で判決を覆そうとあがくことに、本当の解決はありません。

本当の解決とはその夢から覚めることです。

モークシャ(=完全な自己受容)は、私に与えられた道具(=考えや体)、世界の問題を何とかしようと「行い」で解決することではないのです。

「私は問題など持ってない」という目覚めによって解決することです。

目覚めたとき、真実=「知識」だけがあります。

真実=「知識」をまるで隠してしまう妨げが無知です。

勉強会の中で感動が起こったとしても、家に帰って日常に戻るとその感動が起こらないとすれば、それは妨げによるものです。

妨げ(普段の考え方)が真実をまるで覆っていきます。

その妨げをとり除く事、イーシュヴァラを思えない理由をとり除くこと、あいまいな部分をとり除いていくことがヨーガです。

ヨーガの生き方、ゴールに至るプロセスそのものが喜びとなります。

ヨーガによって整った考えに、真実=知識は自動的に起こります。

「私は何も欠いていない」

「私は完全に自由」

それが私の姿であり、ヴェーダーンタのハートなのです。

ダルマ、アルタ、カーマを1つ1つ見分け、分析してゆくことは、人間の根っこの問題へとその人を導いていきます。

1度でもこの問題を見通せたなら、アルタ、カーマ、ダルマを引き続き追い求め続けるかもしれないとしても、問題の解決への特別な段階を踏むことになります。

この根源の問題の解決がモークシャと呼ばれます。



次回はモークシャを更に分かりやすくする例え話「10人目の男」の話からスタートしますね。

そのあと、P17「すべての行いには、目的がある」を読み進めていきましょう。

今日もありがとうございました♡

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