自己紹介

自分の写真

千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2015/10/24

10/24ギーター勉強会報告②

第2回目は12名で開催しました。

ヴェーダーンタ(ヨーガのゴール)は言います。

「あなたは救われる必要のない人です。」

「あなたのあるがままの姿として、あなた自身が安全であり、満足であるとあなた自身を見なければなりません。」

この言葉が真実であれば、私たちはそれを理解する必要があります。

真実があり、それを理解した時私たちはモークシャ(自由)です。

私自身が安全であり喜びであるなら、どんな状況の変化も安全も必要としません。

しかし私たちはごく自然にアルタ(安全)、カーマ(喜び)を求めます。

外側の状況を何とかコントロールしようと人生を費やします。

小さなエリア(会社、家庭、グループ)で安全に過ごせる場所も見つけます。

でも、世界を知れば知るほど私の限られた力と知識では、私の探している安全や喜びを得るにはとても及ばないことに気づきはじめます。

これこそが人生(外側の状況)が問題だと思える理由です。

私たちは結婚や仕事、パートナー(外側の状況)が私の破綻だと思いがちですが、実際は私が破綻なのです。

アルタ、カーマ、ダルマの追及をよく見てみると本当に探し求めているものはその中にないということが分かります。

「私は安全ではない」という結論は決して疑がわれることのない、ごく自然な結論です。

でも安全を求めている時、実際には安全そのものを探している訳ではないのです。

安全でないことからの自由(安全でないというの認識からの自由)を求めているのです。

この見分け、識別がはっきりした時ヨーガがはじまります。

モークシャは「探し求めている人である」ことからの自由です。

自分を束縛する何かがあり、そこからの自由です。

悲しい自分、ちっぽけな自分etc、「○○な自分」と、自分の前についている○○「形容詞」からの自由です。


次回11/7は、少し戻り8ページ【私が足りてないのが問題】からもう一度読み進めていきましょう。

最後までありがとうございました♡



0 件のコメント:

コメントを投稿