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千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2015/08/13

私のヴィヴェーカ①

ヴィヴェーカは「見極め」という意味があり、とても重要な言葉です。

私たちは様々なヴィヴェーカを日々していますが、究極のヴィヴェーカは「永遠とそうでないものの見極め」です。

ちょっとした「気づき」ではなく、人生最大の「気づき」のことで、「わたしとは本当は何なのか?」の究極の「見極め」のことをヴィヴェーカと言います。

今日お伝えするヴィヴェーカは、yogaの生徒としてのヴィヴェーカ。

ギーターの教えと共に起こった私自身のヴィヴェーカです。

主人公のアルジュナの質問が、その時の私の考えとよく似ていました。

その頃の私はバガヴァッドギーターの勉強は「よりよく生きるため」のhow to本くらいに思っていました。

自分自身の哲学に、役に立つことは取り入れよう…みたいな。

今思うと「自分自身の哲学」て何だ!と思いますが(^-^)

すごく色んなことに、こだわりを持っていたんですよね。

私の個性を生かしながら、この教えのいいところだけを取り入ようと、その時は思ってました。

でも、アルジュナの質問で気づかされました。



第2章54番目の詩

अर्जुन उवाच ।
स्थितप्रज्ञस्य का भाषा समधिस्थस्य केशव ।
स्थितधीः किं प्रभाषेत किमासीत व्रजेत किम् ॥५४॥


アルジュナが言いました。
クリシュナよ。アートマーの中に考えが定着している人、揺るがぬ知性の人の描写はどのようなものですか?考えが確立した人はどのように話し、どのように座り、どのように歩くのですか?


こんな質問を、私も自分の先生や、人気のあるyogaの先生に聞いてみたかったのです。

「幸せになりたい」

「あんなyogaの先生みたいになりたい」

なりたいなりたいと常に思っていました。

そうなれば、幸せになれる。人気者になれば、食べることに困らないだろうと思ってました。

クリシュナはこんな風に教えてくれました。


第2章55番目の詩

श्री भगवानुवाच ।
प्रजहाति यदा कामान् सर्वान् पार्थ मनोगतान् ।
आत्मन्येवात्मना तुष्टः स्थितप्रज्ञस्तदोच्यते ॥५५॥

シュリーバガヴァーンが言いました。
アルジュナよ。考えに現れた全ての切望を手放し、自分自身に幸せであり
自分自身といて幸せな人、その人は知識に根付いた人と言われます。


何かになろう、なろうとしていた私。

そこからの自由こそが、何度も教えてもらったギーターの主題。

この詩と出会った時はじめて「これが私の本当に求めていることだ」と心底思えたのでした。

それまでは自分の先生にさえ、本当の私の考えをさらけ出すことができずにいました。

昔からずっとある「認められたい」という気持ちから、理解したつもりで、理解したふりをしたりして。

この日、私ははじめて自分の気持ちを先生にメールで打ち明けました。

何だかその時、泣けてきました。

「私はずっと、この考えから自由になりたかったんだ」て思って泣けちゃいました。

そんな思い出深い詩。

ギーターの第2章は、ずっとチャンティングしてなかったのですが

先日、第2章のチャンティングをして思い出したのでした。

「私がわたしといて幸せ。」

ほんの束の間に思えることではなく、いつもそんな風に思えますように。

世界を、私が苦手なゴキブリちゃんでさえ、好きになることはできなくても、そのままにしておける勇気と、思いやりの見方を持てますように。

yogaの道を楽しく歩みます。

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