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千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2015/04/30

瞑想WSお便り

 『クリシュナの説くことに納得出来るものと、まだ自身の中で折り合いをつけられるまでに落とし込めていないものがありました。
例えば人がチャレンジし、前進することの喜びと「あるがまま」との関係。
YOGAの教えと使命を果たすためのシフトチェンジして成長していくことの意味の違いなど…。』

「あるがまま」に人や物事が見られるようになる、考えの整理整頓こそがYOGAの意味でした。でも、そう言いながら人が存在価値を証明するために、人と違ったことをしたり、何かにチャレンジするようなその気持ちが人を前進させるとはどういうことか?ということが疑問の趣旨でしょうか?

YOGAの教えでは、人の求めるものを4つにまとめます。

①アルタ(安全)→お金など、私たちに安全や安心を与えてくれるように見えるもの

②カーマ(喜び)→感覚的な、美的な喜びなどをもたらすもの

③ダルマ(秩序)→自分の個性や役割が周囲の役に立てる。ダルマはある程度、情緒的に成長した人が追い求めるものとして知られています

④モークシャ(自由、完全なる自己受容)→本当は誰もが求めているゴール

たまたま、YOGAのクラスでモークシャの意味を知り、そこを求めようと思っていても、潜在的にある考えを抑えることは、不健康であるし、できないのです。


ギーター第3章 5番目の詩

न हि कश्चित्क्षणमपि जातु तिष्ठत्यकर्मकृत् ।
कार्यते ह्यवशः कर्म सर्वः प्रकृतिजैर्गुणैः ॥ ३-५॥

実際、一瞬でさえ行いをすることなく、いられる人は誰もいません。
なぜなら、プラクルティから生まれた3つのグナによって、
私たちは皆、抵抗もできずに行いをさせられているのです。



私たちは無数の感情、個性を抱えています。
全ての感情がプラサーダ(授かりもの)です。

私自身も、YOGAの先生として背伸びしてモークシャの意味を追求し、教えで言われていることをその通りに装ってみたりした時もありました。

結局、「理想の自分像」を作り出すことで、できない自分に罪悪感を抱え、そのジャッジが苦しみの原因であることも知りました。

安全や喜びを求めて生きることをYOGAは祝福します。
前進すること、チャレンジすること、「あるがままであること」は相反するものではありません。前進すること等をやりつくした人が、「ここにゴールはない」と更にダルマの生き方を求め始めます。しかしダルマを生きる人でさえ限界を感じます。

ギーターの主人公のアルジュナはダルマを生きてきました。それでも、親族間での戦争を止めることができませんでした。

クリシュナはドゥルヨーダナ(戦争の相手)を変えようとした、その結果は戦争でした。クリシュナはドゥルヨーダナを変えることができませんでした。

アルジュナは何度もクリシュナに「戦うことをやめて、知識を得るために瞑想のある生活をしたい」と訴えます。しかし、クリシュナはアルジュナに「戦いなさい」と言います。「やるべき役割を果たしなさい」と。

「ああ、あの時私は戦わず逃げてしまった」という感情がアルジュナのどこかにあるのであれば本当の意味で瞑想はできないのです。真実は、リラックスしている人こそが瞑想をする人なのです。

起こるべきことが、考えに起こります。
起こるべきことがこの世界に現れます。

自分の考えを無理に変えること、「ポジティブに物事を考えましょう」的な風潮がありますがYOGAではポジティブ、ネガティブと感情をジャッジすることさえしません。それこそが不健康だからです。

だからYOGAは、安全や喜びを求めてチャレンジすることを祝福します。もちろん、ダルマという生き方がベースでの安全と喜びです。

考えのシフトチェンジはしようと思ってできるものではありません。「YOGAの教え」が考えに定着して、シフトチェンジが自然と起こります。

だから、私も焦らないようにしています。でも、「完全な自己受容」を求めているのでギーターを勉強しています。ただ本を読むだけではなく、何年もかけてクリシュナの言わんとすることを熟考しています。

言葉の意味が理解できないことが、今までいくつも出てきました。自分の考えと折り合いがつかないことも何度もありました。

でも、いつもそう思えないのは「私の考えがまだ整理できていないのだ」と、諦めるのではなく、それは一旦置いておいて、次の話題に進んでいきます。

YOGAな生活を営むと、驚くほど考えの整理がすすみます。一年後には一旦置いておいたその言葉の意味が理解できるようになってたりします。

こういった考えの成長にとても喜びを感じています。
「寄り道をしてもいいから」と考えを自由にして、コツコツと勉強を続けています。

最後までありがとうございます。




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