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千葉・青葉の森公園近くで小さなヨガ教室「ギーターヨーガ」を営んでます。http://gitayoga.jp/

2014/03/31

3/31月礼拝WS

3/31 月礼拝WSで「マナス」という言葉を話題にしたので

少し、書いてみました。

ナマス(मनस्)とは揺れ動く考え、感情のことを意味するサンスクリット語です。

考え方を題材とした書籍が、世の中出回っています。

誰もが考えをコントロールしたいと願うのでしょう。

中には、「何事もポジティブに考えましょう」といった教えもあります。

ネガティブよりはいいような気も、してしまいますが

ネガティブな「考え」を伏せて、見ないようにポジティブに思っても

結局は同じ「考え」が、違うシチュエーションで必ず現れます。

yogaでは「考え」を伏せたり、悪者にしないようにと言います。

「考え」は、よく鏡に例えられます。

「考え」は、そのまま私を映し出すものです。

鏡に映った私を見ないようにしたり、鏡に映った私を見て悪者にして鏡を割ったりしますか?

あったりして・・・笑

そんなことをしても、何も変わらなかったですよね?

まず、受け入れることが第一歩です。

もともと「考え」は、シャーンティ(शान्ति)・平静です。

生まれ育った環境、その人のバックグラウンドが「考え」の特徴を作り出し

もともとシャーンティ(शान्ति)な「考え」に特徴(=主観性)が色づけされます。

例えば、お姑さんを見て、私の考えに怒りの感情があったとしても

他人はお姑さんに怒りどころか、好感を持っていたりします。

「なぜ私はそんな風に思うのか?」

「何が見えていないのか?」

そんな風に毎日のマナス(揺れ動く感情)を丁寧に観察し、客観的に知的に見て

更に「お姑さんの言葉は、私の怒りスイッチを押しちゃうのよね。」

と笑って言えたら、「考え」を分析し、解決できています。

yogaではそれをシャマ(शम)と言いいます。シャーンティ(शान्ति)と同じ語源です。

また、ヨーガスートラの有名な2番目の詩

ヨーガハ チッタ ブルッティ ニローダハ(योगःचित्त वृत्ति निरोधः)もほぼ同じ意味です。

この部分はとても大切に扱われます。

日本語で直訳された「考えを止めること」「コントロールすること」とは少し意味が違ってきますね。


最後に。

考えの癖、主観的に思う原因の多くは

両親との関係が深く関係しているとも、私の先生は教えて下さいました。

私は何年もかけて、両親との関係を日記に書きだしたりしながら

勝手な私の思い込みなどを、たくさん発見てきました。

そして思い込みから「私の考えの特徴」が作られたのだと理解しました。

注意深く見てきたことで、両親と私はお互い自立した、適切な距離で関係が築けています。

長くなりました((+_+)) 最後まで読んで頂きありがとうございます。


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